東海道3:「六郷の渡し」大冒険(蒲田~川崎宿)

本日は東海道歩きの3回目。とうとう川崎宿に到着しました!
今回のメインイベントは、なんといっても「六郷の渡し」。
事前学習をしていなかっただけに、ハラハラドキドキの大冒険となりました。

浮世絵は国立国会図書館デジタルコレクションより


京急蒲田から再開

前回は京急蒲田駅で東海道を離脱したので、今回は京急蒲田駅から再開です。

しゅったーつ!してすぐに気づいたことに、
このあたりまで来ると、江戸地図と現代地図がほとんど同じ。
「大江戸今昔めぐり」より

これまでは、「ここは昔は海だった」とか、「ここは山だった」とか、想像を膨らませて江戸歩きをする必要があったのだけど、今回は想像の必要なし。地形はそのまま。道もそのまま。

そして、ひたすら国道15号(4車線の大通り)を歩くのみ。
風情無し。車はうるさい。歩道には自転車が行き交ってせわしない。
などとブツブツ文句を言っていたら、すぐにそこに到達しました。

多摩川の氾濫原を探検する

国道15号が高架しはじめ、気が付けば下道を歩いており、気が付けば行きどまりになった。
まだ40分しか歩いてないのに、もうはや、多摩川の土手に到着していたのだ。

おおお===。多摩川の土手だ=。
しかし、古地図でも、現実世界でも、川の流れははるか向こうにあるぞ。こっからどうするの?
氾濫原を超えて、川岸にたどり着くことはできるのだろうか?

なにはともあれ、古地図を頼りに氾濫原を突き進むことにした。
運動場の駐車場を進むと、テレビでよく見る、あの危険な場所に行き着いた。

これはあの、恐喝したり、決闘したり、殺人したり、そして後日刑事がホームレスに事情聴取したりする場所ではないか。とっても怖いし、おどろおどろしいのだけど、ここを進むのか私?大丈夫か私?

はい。進みましたよ~。人生のうちで、もう二度と来ることはないであろう決闘場(そう願う)。
寒々しい異世界を、果敢にも、恐る恐る進んでいくと川が見えてきた!

六郷の渡しに到着!!パチパチパチ!
厳密には、古地図でみる渡し場はもう少し海側なのだけど、そこは工事現場で立ち入り禁止だった。まあよい。おおむね到着!

これが今回の浮世絵ポイントなのだ。
国立国会図書館デジタルコレクションより

この浮世絵「六郷の渡し」は、渡し舟で東京側から川崎宿に向かう場面。
右側に富士山、左側に川崎大師を望みつつ。
という気分にわたしも浸ってみた。



川崎宿

いやあ、とんでもない大冒険でした。寒々しい異世界(決闘場)から、
人々が陽だまりの中で野球やテニスに興じる現実世界に復活し、次は川崎宿に向かいます。

現実世界では、渡し舟ではなく、六郷橋を歩いて川を渡ります。

向こう岸にとうちゃーく!
「おおー、確かにあそこから来たぞい」と先ほど探索した異空間を感慨深く眺める。

川を渡ると川崎宿。
浮世絵に描かれていた川会所を通り、見附から宿内に入ります。

「ようこそ川崎宿へ」と、歓迎されたものの、
川崎宿は歩いても歩いても、ただの街中。

国道15号からは逸れたものの、旧東海道も車がビュンビュン走っていて、両側は現代建築ばかり。のらりくらり旧道散歩という雰囲気じゃない。
(鄙びた商店街といった品川宿とは勝手が違う)

それもそのはず。「川崎宿は戦災などにより昔の街並みは失われ」てしまったんだって(東海道かわさき宿交流館『開館までの歩み』3)。
だから川崎市は往年の川崎宿について学ぶことのできる「交流館」を設置したらしい。

川崎宿の全体像はこんな感じだったそうです。
東海道かわさき宿交流館「川崎宿解説まち歩き用シート」より

小括

これにて、日本橋から川崎宿まで、東海道二次を制覇した!
振返ってみると、2021年2月に日本橋を出発し、それから3回(=3日)にわけて、品川宿、そして川崎宿へと、19km強を歩きぬきました!(googleマップには所要時間4時間とか書いてるけど💦、もっとたくさん時間かかったよ)


これまでは「大江戸今昔めぐり」アプリを見ながら、江戸時代の景色を想像して歩いてきましたが、それは川崎宿でおしまい。これ以降は江戸地図の提供が無いのだ。
というわけで、「江戸時代を歩く」東海道シリーズはひとまず完了。
今後は、道を歩くことを目的とするよりは、電車や車で宿場までビュンと行き、そこでとことこ浮世絵ポイントを探し歩くという遊び方になるかな~と考えています。

その前に、次の冬休みには、「江戸時代を歩く」シリーズの第二弾として、日本橋から板橋宿までの中山道を、また「大江戸今昔めぐり」アプリを頼りに歩く予定。
振出しに戻り、また日本橋からしゅった~つ!楽しみだ~。

今回のランチと締めの酒盛りは盛沢山になったので、別記事に回しまーす。