西洋人のギリシアとイスラエルへの思い入れ、共感せずとも腑に落ちたい

年明けにギリシアに遊びに行くことになった。

ギリシアと言えば思い入れのある場所。すんごく楽しみ💙
十二分に味わい尽くすために、自身の思い入れと、ギリシアの歴史を整理しようと試みた。

結果、むむむ、むずい。
本当は、バッチリ整理しつくして、理路整然とブログに記録しておこうと思ったのだけど、わたしの小学生並みの世界史力では無理だった😵

せいぜい明確にわかったことは、
中近東とヨーロッパ世界のふかーい関係性と、
わたしは、そこから遠く離れたファーイーストの人間だということ。
ぐずぐずな感じだけど、来るギリシャ旅行記の前哨戦として、一応書いておこっと。



わたしの思い入れ

わたしはアメリカ社会の片隅で学生や社会人をしていたことがある。10年間くらい。
決してアメリカ社会にバッチリ馴染んでいたわけではなく、異邦人としての気楽さを享受しつつ、アメリカ社会のおいしいところをそれなりにエンジョイしていた。(もちろん大変だったこともたくさんあったけど…)

そのなかでわかったことに、
なぜかこの人たち(アメリカ人)はギリシアとイスラエルに強い思い入れがあるらしいということ。

ギリシアへの思い入れ

アメリカのアカデミズムでは「ソォークラティース」と「プレェーイトー」を聞かない日はない、と言っても過言ではない!(ちょっと大げさだけど…)

たとえば、「ァポォオロジィー」(ソクラテスの弁明)を例にとり、
ソクラテスのごとく精神的に目覚めることが、すべからく学術者にとっての基本姿勢であることが説かれる。
眠ったまま生きるのではなく、無知を知り、自身の知性を覚醒させよ!!

といった具合に、
なにかにつけ古代ギリシアの哲人が拠り所として登場する。

アメリカ人(西洋人)の知的ルーツが古代ギリシアにあるらしいことは、あつーく伝わった。

イスラエルへの思い入れ

アメリカ人の中にはイスラエルにも深い思い入れをもつ人が少なくない。
敬虔なキリスト教徒がつくった国だからなのかなあ。

最近で言えば、トランプが在イスラエル米大使館を、むりっくりエルサレムに移転したことを考えてみるとよい。
ユダヤ教徒かキリスト教徒福音派か、どこへ向けたサービスかは知らないが、
アメリカ人の中に相当数、イスラエルに熱い思いれを持つ人々のいることがみてとれる。

わたしが大学生だったころも、
宗教哲学の授業で死海写本を分析していたときに、
「キリスト教を否定するのか~😡」と大怒りして教室を出て行った学生がいた。
この国の一部は宗教で動いているらしいということを、うすうすは感じていたが、ここまでかと感心した。

世俗化が貫徹したように思われる今日でも、まるで十字軍のごとく、
宗教的正義に揺るぎない信念を持つ人々が、一定程度いる国なのよね。アメリカって。
そして、宗教的正義の象徴がエルサレムの地なのだ。

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熱い思い入れに興味津々

地理的に考えると、アメリカからは遠い、中近東のイスラエルとニアリー中近東のギリシア。
直接的な祖先である英国よりも、
そのイスラエルとギリシアに、アメリカの精神的ルーツはあるらしい!
と、若かりし頃のナマケモノ博士は心に刻み、
いつかそれらの地を訪れてみたいと思っていた。

なぜ、彼らがそれほど中近東(ギリシア込みで)に執着するのか、
なぜ、わたしはその執着にアウェイ―な心持ちなのか、
しかしなぜ、わたしは彼らの執着が気になるのか、
が気になっていた。


イスラエルはクリア

で、イスラエルは大学を出て早々にさっさと探訪してきた、ん十年前。
素晴らしい旅だった。

イスラエルへの執着は、三大一神教(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教)の勢力争いに尽きるので、テーマが明確で、つかみやすい。

エルサレムや死海を訪れることで、
歴史の重みが十二分に伝わったし、
やっぱし他人事だけど、わたしの心の中にも、それぞれの宗教徒の執念が沁み込んできた。
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問題はギリシアだな。
ギリシアのテーマはなんだろう?
はたして、イスラエルほどの感動はあるのだろうか??
感動のポイントをおさえておかなくちゃと、世界史の教科書を開き、西洋世界とギリシアおよびイスラエルの歴史的な関係性を復習してみた。

世界史対照年表

どおりで、ギリシアの写真を見ていたら、
ん十年前に行った、イスラエル・エジプト・トルコに似ていると思った。
みなさん、歴史的に似た部分が多いのね。
ともに、ローマ帝国、東ローマ帝国、そしてオスマン帝国の支配下にあったってことか。

浜島書店、2011,『ニューステージ世界史詳覧』4頁

年表からは、
ヨーロッパの歴史が始まるずっと前から、中近東およびギリシア・イタリアが、
人間の歴史、すなわち文明と戦争を永遠と繰り広げていたことがみてとれる。

なかでも中近東およびギリシアは、ざっくりと征服・統一されたり、
ちびりちびりと独立したり、またもやざっくりと一緒になったり。ややこしすぎるう。
その果てしない統合や分割が、それぞれのローカルな生活に対して、どういった変化や連続性や愛憎や執着やアイデンティティやほこりをもたらしてきたのか…、想像を絶する。だから中近東は難しんだよう~。

そしてヨーロッパ世界は、歴史上の先輩である、中近東の文明を受け取りながら発展していった。
ニアリー中近東で生まれたギリシアの哲学に学び、
中近東で生まれたキリスト教を吸収しながら。

そう考えると、
ヨーロッパにとっての中近東は、
日本にとっての中国やインドってことか。
そりゃあ、執着するはずだ~。
年表を眺めながら勝手に合点した😀



アナザーブロック

そして年表を見ながら、

三大一神教の歴史的な長い長い争い(今日も色褪せない…)や、
サイードの『オリエンタリズム』にみるヨーロッパと中近東の愛憎関係などが、

本当に他人事なんだ~~~~、と納得した。

中近東世界とヨーロッパ世界のぐちゃぐちゃ入り乱れの歴史と、
東アジアの歴史は、ほぼほぼ分離している。
世界圏(ブロック)が違う。

アジアブロックも、
シルクロードを通して、あちらのブロックと交流はあったのでしょうが、
ローマ帝国やオスマン帝国と戦ってきたわけじゃないし、
三大一神教に強く影響されてきたわけでもない。

中近東との距離感が、ヨーロッパとファーイーストでは、――当たり前だけど――格段に異なる。

わかっちゃいたけど、
この年表を見て、さらに、はっきりと納得。
西洋人のメンタリティと、ファーイースト人のメンタリティが、かくも異なるブロックで築かれてきたことが。

しかも、両者のブロックを比較すると、
中近東×ヨーロッパのブロックの方が、あきらかに複雑で、多彩で、情報量が豊富。

わたしたちにとってはメンタリーアウェイなんだけど、
しかし現代世界を形成してきた歴史の中心という意味で、
わたしたちにとっても、中近東の歴史的重要性は避けて通れないってことなんだね~。



他人事だけど重要

むかしアメリカで気になった、アメリカ人のギリシアとイスラエルへの思い入れ。
わたしからみると、やっぱし、あくまでも他人ごとでしかないことと、
しかし、現代世界を読み解くうえでは、やっぱし極めて重要そうであることが、再確認された。

彼らの思い入れに、共感せずとも、すとんと腑に落ちたい。
今のギリシアではなく、現代世界を動かしている古代ギリシアのエッセンスはどこに見つけられるだろう?
アクロポリスに転がってるかなあ??それとも、現代ギリシア人の日常に見出せちゃったりするのかな?
それはエルサレムのときように、自動的に、劇的に、わたしの心に沁みてくれるものなのだろうか??

もちょっと勉強して、
イスラム世界からギリシアを、どうしても取り戻さねばならなかった近代ヨーロッパ人のメンタリティ「ギリシア愛護主義」をちゃんと理解しなくちゃダメそうだな…。
やっぱしむずい、ギリシア😑

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