目からうろこ。わたしは、マルチタスクに消耗する内向型人間だったのだ~。

たしかに、生まれてこの方、ちょっと人と違うところがあったような気もする。
皆が楽しいと思うことに対して、なんでだろう?どこが楽しいのか?と客観視。
皆はどうしてそんなに元気なのだ?わしはもう疲れたぞ。
かと思えば、ある局面では、周りから引かれるほど、熱心に猛烈に執拗に疲れ知らずに打ち込むモノもある。
まったく社交的ではないが、比較的朗らかで人好きでもある。矛盾している…

そういうのはみな、内向型人間のアルアルらしい。
内向型人間についてちろっと調べてみたら、合点のいくことが出てくる出てくる。

わたしはとにかく疲れやすいのが大きな課題。人生は疲弊との戦いなのだ。
生まれつき体力が無いせいかと思っていたが、違うらしいぞ!
内向型というキーワードで、私の疲弊人生が説明できそうな気がしてきた~~!!!

生き方のコツについての指南書も多くあるようなので、春休みなったらもっと勉強する~
ナマケモノ博士返上で、テキパキ博士に変身しちゃうかもよ!
とりあえずは、にわか勉強のみですが、内向型論の初期感想を記しておくよ。



内向型理論

『内向型を強みにする』というアメリカ人の著者を1/3くらいまで読んだところですが…😅、果敢にも私が理解した限りで内向型理論を解説してみる。

外向型/内向型というのは、どうやらカール・ユングあたりの概念らしい。
人間の性質を「外向型」と「内向型」の軸で分析する。
両者は連続的なものとして捉えられる。
つまり、一本の線の両端に極端な外向型と極端な内向型が位置づけられ、
人々は皆その中間のどこかにいる……という感じだろうか。
心理学の考え方ってこういうのが多いよね。

世界の4人に3人は外向型であり、社会は外向型中心に作られている。
よって内向型人間は、マジョリティである外向型の基準に即して評価されて変な奴だとレッテルを張られたり、無理して世間に合わせて生きている人が多いらしいよ~。

内向型論の書籍をざっと見まわしてみると、理解されない苦労や偏見に打ち勝つコツみたいなものが書かれているものも多いが…、
そのあたりの問題については、わたしは自己流で克服した、というか理解してもらえないことには諦め慣れしているので、とりあえずスルー。

それよりも、わたしにとっての「内向型」問題は、とにかくスゴク猛烈に、疲れる・疲弊することなのヨ====。

内向型の特徴

  • 内向型は、自己の内部からエネルギーを補給する。反対に外界の刺激でエネルギーを消費(疲労)する。
  • 外向型は、外界の刺激からエネルギーを補給する。いつ疲弊するのだろう??退屈だったら疲弊するのかな…
つまり内向型人間は、一人で、本を読んであれこれ考えたり、日記やブログのようなかたちで考えをアウトプットしながら経験を整理・意味づけしたり、シンフォニーを聴いて秩序だった調和世界に浸ったり、そんな一人遊びによってエネルギーを補給するのだ。一人の豊かな時間の中で、少しずつエネルギーが蓄積され、よーし外の世界でも頑張るぞーっという気持ちになる。(👈事例はみな自分の場合)

それに対して外向型人間は、パーティに行ってたくさんの人と会話したり、クラブで光や音の刺激を受けたり、何ちゃらリゾートで大騒ぎしたりして、エネルギーを補給するらしい。まとめると、外部の刺激からエネルギーが補給されるらしい。わたしなんぞは、聞いただけで疲れるが……😖

そう、わたしのような内向型人間は、外向型人間とは正反対で、外部からの過度な刺激にめっぽう弱いのだ。
といっても、人と会うのも、刺激的なイベントも、決してきらいなわけではない(パチンコ屋や居酒屋などの脈略のないガシャガシャ大音量は絶対無理だが…)
外で遊ぶのはむしろ好きなのだけど、外向型とは異なり、遊ぶためのエネルギー量が限られている。(繰り返しになるが、外向型はレジャーでエネルギーを補給するが、内向型はレジャーでエネルギーを消費する。)

内向型の場合、一人遊びで充電したエネルギーを、外では慎重にやりくりして消費する必要がある。
たとえば電車の移動でさえも、人混みや車内での人間関係(儀礼的無関心)に相当のエネルギーが消費される。だから省エネのためには、ご近所遊びが無難。

外で、知らない人やたくさんの人と会うのは楽しいが、猛烈なエネルギーを消費する。一人に戻ったとき、意味内容のデフラグ作業が始まり、すべての会話が頭の中でぐるぐると反芻されて脳内CPUがパンク状態になる。就寝中にもずっとデフラグが続けられているらしく、翌朝ぐったりして目覚める。だから省エネのためには、勝手知ったる少しの人と遊ぶ方が無難。

なんやかんやで外界からの刺激の量が、一人遊びで貯めた充電量を超えてしまうと、たとえ楽しいレジャーだとしてもひどく疲弊する。そうして、外で楽しく遊んだ次の日は寝て過ごすはめになるのだ。思えば、私の人生はずっとこれだった…。
だから、遊びの予定はとても慎重に入れざるを得ない。(マルチタスクの)仕事量が少なく、あとで一定の休息時間が取れるタイミングじゃないと外遊びの約束ができない。
反対に、「予定が埋まっていないと気が済まない」という人が世にはいるようだが、全く信じられない。彼らは別の惑星からやってきたスーパーマンに違いない。


学期中に疲弊する

生まれてこの方疲れやすいことはよーく知っていたが、それが精神的な由来であることが、最近よーく分かった。

どうやら、学期が始まるとひどく疲弊する。
このたび、コロナによるオンライン化革命と、複数の新規科目が重なったことで、今年度の疲弊はあまりにもひどい。
夏休みや春休みは元気満々なのに、学期が始まると疲弊することがはっきりと切り分けられ、疲弊問題が、身体要因ではなく、精神要因であることを確信するにいたった。

そこで心療内科に行ってみたのだけど、成果はあまりぱっとしなかったな。
リーゼという精神安定剤をもらった。効き目はデパスと変わらない気がする。
しかし、デパスより依存性が低いということで、その薬を紹介してもらったのはよかった。

しかし診療内科にそれ以上の成果は期待できないので、自分で原因を突き止めて何とかするしかない!
ということで、ネットで調べてみたところ、「内向型人間はマルチタスクが苦手」という記事に巡り合った。

内向型人間は、深く狭く専門的に集中して考える。
「集中という井戸から自らを切り上げ、這い出てくるのは、彼らには難しいことなのだ。そして、もう一度改めて集中するためには、しばしば彼らにはない、余分なエネルギーが大量に必要なのである」(☝『内向型を強みにする』p.27)

これこれ、わたし自身も、自分を説明する際に用いていたのと同じ比喩!
わたしは村上春樹ファンなので「井戸」を援用していたが、アメリカ人も同じ比喩を使うとはびっくりだよ。

マルチタスクが苦手

大学の授業運営というのは、一科目ずつがドラマのようなものである。
15回にわたる一貫したストーリがあり、しばしば伏線を用意し、のちにそれを確実に回収せねばならない。新しく登場する人物(キー概念やテーマ)は慎重に説明しなくてはいけないし、それら複数の登場人物(概念やテーマ)の関係性や意味づけにも一貫性や適切なタイミングが求められる。
そういった、複雑に入り組んだストーリー性に加えて、授業の場合はさらに、受講生をストーリーに参加させる仕掛けも随所に必要である。たとえば、次週のストーリー展開を予想して、そっと、しかし狙った地点に確実に受講生を誘導するような宿題を準備したい。「宿題で考えたときは気が付きませんでしたが、自分も〇〇であることがよーくわかりました」なんてコメントが返ってくれば、ウッシャー、大成功👍
そう、授業づくりとは、それなりの想像力と創造力を要する複雑な作業なのだ。深い集中力を要する。

その複雑なストーリー(科目)を、学期中は並行して複数展開していくことになる。一つの井戸に潜って作業をしていたと思ったら、そこから這い出て次の井戸に潜り、ハテこちらはどんなストーリーだったっけ?と思い出す間もなく、別の井戸から急遽呼ばれてまた這い出るみたいな……。学期中はこれの繰り返しなので、「余分なエネルギーが大量に必要」となり、どんどんエネルギーが枯渇し、とうとう動けなくなるまで疲弊していくということなんだ~。内向型理論でキッチリ説明がついた。

さらに、授業では何十人、何百人の人間を相手にする。やる気満々の優等生から、まったくやる気ナッシングのノビ太君、思いやりにあふれた大人な子から、自分のことしか考えられずに苦情をまくしたてるガキんちょ。このような多様な人間関係が、これまた、わたしのエネルギーを猛烈に削いでいくらしい。
人数多めのクラスは1日2コマもやればいっぱいいっぱい。授業終了後に、例の、会話を反芻するデフラグが始まり、脳内CPUを圧迫する。そして、翌日にはほぼ使い物にならない廃人となる💀

加えて、宿題を提出し忘れたけどどうしたらよいかとか、課題の意味が分からないとか(用意した課題説明文を熟読することもなく…)、システムの使い方がわからないとか、授業が難しいとか(勉強もせずに…)、幼稚園児の引率のような雑務にもそうとう疲弊させられる。学生の立場に立てば、それはそれでいろいろあるのだろうけど、コチトラもうヘロヘロなんだよ~~~。私だっていろいろ見越して、様々に工夫して準備しているんだから、ちゃんと説明を聞いて、一回で理解して協力してくれよ~~~~。


どうすればよいのか

わたしはこの仕事が嫌いなのか?向いていないのか?
いや、わたしは教えることも若者も嫌いなわけじゃない。いや、むしろ好き。
未来を背負う若者に世界への気づきや関心を促すことは私の生きがいでもある。
ただ、マルチなタスクと煩雑な人間関係が私のキャパを圧縮し、自律神経を失調させ、身も心も疲弊させる。
そして幼稚園児のような問題児に対する寛容な気持ちをどんどん失わせ😠、何もかもが嫌になってゆく。もう無理===!!
こんな内向型人間が、好きな仕事を生き生きと楽しむためにはどうすればいいのだあああ??

内向型の解説書によると、かのバラック・オバマやビル・ゲイツなども内向型人間ならしい。
疲弊しないような工夫と(予定の組み方など)、深く専門的に考え抜くことのできる利点を活かして、偉人と呼ばれるようになった人は多いらしい。

そっか。国家や大企業の経営に比べれば、授業運営や園児(大学生)の引率における煩雑さはたかが知れている。わたしにもできるはず!

とりあえずはタスクの視覚化が重要だというので、
(もちろんこれまでも様々に試してきたのだけど、)このたびトレロというタスク管理システムを新たに動員した。うまくいきますように。
ただねえ、ファイルメーカーやガントチャートやエバーノートや様々なLMSなど、これまで使ってきたシステムとの使い分けや切り分けなどの制度構築が、これまた一仕事だよね~。細切れではなく、深い井戸に潜って集中して一気に一元的な制度構築をしたーい。(👈壮大な秩序を好むこの傾向が良くも悪くも内向型なんだね😓)

あとねえ、今日気づいたことなのだけど、意外にも、大音量のシンフォニーが効き目あり。
さっきまで身動きとれずに朦朧として横になっていたのだけど(昨日の2コマはきつかった…)、なぜかふと「ねえ google シンフォニーをかけて」と聴き始めたら、手と首が自動的に動き出し、そしてPCの前に座り、こうしてブログが書けるまでに回復した。
たぶん、脳の中に反芻し渦巻いていたくだらない(しかし放置できない)たくさんの雑念が、どういうわけか秩序付けられたのではないだろうか。

あと、マシュマロのような柔らかい猫を抱くことも、もちろん、疲労回復の特効薬である。
反対に、エクササイズや入浴はダメ。これらはリフレッシュどころか、疲弊状態を悪化させることが経験的にわかっている。

こんな感じで、
マルチタスクや多様な人間関係にともなうエネルギーの消耗を抑える工夫と、
エネルギーを充電する一人遊びの術を増やしてゆくことで、
より多くのマルチタスクを平然とこなせるスーパー内向型人間になれますように!!!
春休みになったら、内向型論をもっと勉強して内向型マスターになるぞ!

そうしたら、もう何年も滞っている自分の研究にエネルギーを配分したいんだよう!!!
深~い井戸に潜って、じっくり、思う存分、本命に取り組みた~~い。
ああその前に、十数年滞っている納戸の整理もした―い。分散している調査資料や衣服や道具類を一元管理したいんだよ~。読みたい本もたくさんあるし~。あ~忙しい忙しい😩。
ダメだダメだ、また自律神経が出張の準備を始めたぞ……。気を付けて~。タスク管理をして、少しずつ少しずつ……